確かに手のひらに幸せはあったのにするりとすべり落ちていった、、、。

ある患者さんの死について私はとても残念な思いでいます。
その方が亡くなられて、あまりに悔しくてこのコラムに書く気持ちがしばらく失せていました。

今までこのコラムには自己管理の大切さに気づいて今までの生活を改めようとしていた矢先に亡くなられた方や、生活を改めることは出来たが時既に遅く合併症で亡くなられた方について書いたことがありました。
なんとか自己管理しようと努力されていた方達でした。
しかし今回は違います。
今回は幸せを掴んでいたのに自己管理ができなかったため、自ら不幸な結果を呼び込んでしまった方のお話なのです。

その方は元気ではあるが体重増加の多い方で、血圧の薬も飲んだり飲まなかったりの生活でいわゆる自己管理不良の方でした。
入院の前日も体重の１０％の５�sの体重増加でした。
脳梗塞で車椅子生活の御主人と一人娘さんとの三人家族。体重増加が多くて心血管系の合併症の発生が心配だからと娘さんを呼んでお話したこともありました。それでも生活態度は変わりませんでした。

でもとっても優しい方なんです！家族の世話ばかり焼いているんです！
娘さんの結婚が決まると、準備に大忙しで結婚式が終わるまでは無理、妊娠が分かると孫の誕生までは娘の世話で無理、御主人の調子が悪いと元気になるまでは介護が大変だから無理といつも自分の自己管理は先延ばしにされていました。単なる言い訳だったのかもしれません。

それでもかわいいお孫さんが誕生すれば生きがいとなって元気で長生きしたくなって、自己管理する気持ちが湧くだろうと期待していた矢先の脳梗塞。
血圧の薬もきちんと飲まれるようになり、透析時間も５時間に延ばすようになられた、ちょうどお孫さんの一ヶ月健診の直後の出来事でした。

せっかく手に入れた大切なものを自分の命とともに失われてしまったのです。

いつも回診で『自分が元気でいなかったら誰がお父さんの世話をするんですか？誰が孫の面倒をみてあげるんですか？自分の足元がしっかりしていてこそ人助けができるんですよ。だからしっかり自己管理してください』　と何度も何度も話していたのですが、今となってはもう虚しいばかりです。

増加が少ないとVサインで出迎えてくれて、増加が多いと布団で顔を半分隠して出迎えてくれる愉快な姿にもう一度お目にかかりたい。
そして悲しいとかお気の毒とかそんなんじゃなく、一言文句を言いたい
どうして幸せを掴んでいて自分で手放してしまったのですか！と。

人間はいつか必ず死にます。
満足して死を迎えられる人はそう多くはないでしょう。
しかし満足できる死に向かう努力は出来るはずです。死もまたわれらなりと納得して受け入れることができる死はあるはずです。
この方は決して満足な死ではなかったはずですし、心残りや気がかりもあったはずです。
せめてもう少しお孫さんの成長を見せてあげたかった、、、。

自己管理の重要性をひしひしと強く感じるとても残念な出来事でした。